劇伴からみるおっさんずラブ
はじめに
待ちに待った8月23日まであと数日。
雑誌に番宣、各コラボキャンペーンを楽しみ尽くし、これが人生最高の夏だと思い続けた日々。映画の内容、登場人物たちの人生が連ドラ後どのように進んだのかも気になるところだが、おっさんずラブの魅力でもある作品演出へのこだわりも見逃せない。
わたしがその中でも楽しみにしているのは劇伴と選曲だ。
おっさんずラブサウンドトラックの魅力
連続ドラマおっさんずラブのサウンドトラックCDはRevivalを含めた33曲収録されており、未使用楽曲まで収録されている。ポップで楽しい曲から美しい曲、激しい曲、聞くだけで場面が浮かび、1年経っても全7話のドラマを楽しんだ日々を思い出す。また、サウンドトラックにはみんな大好き横川さんがインタビュアーを務めた作曲家河野さん、選曲家岩下さん、プロデューサー貴島さんの座談会ブックレットが収録されている。わたしはこのブックレットが大好きで、読んだあとさらにおっさんずラブへの愛が深まった。劇伴を担当したお二人のこだわりから感じる作品愛だけではなく、音楽もおっさんずラブにおいて欠かすことのできないものであることが十二分に理解できたからである。視聴者が登場人物の感情に没入するにはこの劇伴がなければならなかった。
使用楽器の工夫
映画公開が近づくにあたり様々な雑誌でインタビューを目にする機会がある。おっさんずラブのコメディー要素を担う黒澤武蔵役吉田鋼太郎さんは一見リアリティーのないセリフを大きな熱量で真面目に演じることで物の哀れが生まれたと言っている。私はこれを後押ししたのはメインテーマに入る尺八だと考えている。おっさんずラブメインテーマは部長の告白シーンや春田が部長を振るシーン、部長と春田の結婚式など主に部長と春田のシーンで使用されている。美しいピアノの旋律に尺八が入るという面白さ。コミカルなセリフと真面目な演技の対比と似たものと言えるだろう。そして数多ある牧凌太の切ないシーンではメインテーマはあまり使用されていない。メインテーマピアノverかRevivalピアノverが使用され、メインテーマが使われる場面では、尺八が入る部分は使用されていない。この尺八は部長のためのものであると言っても過言ではないのだ。サウンドトラックのブックレットの中で尺八は瑠東監督からのアイデアだったとある。発注の時点でどこまで予想していたか定かではないが対比が生み出す笑いというコメディーのセオリーを理解して尺八というアイデアを出したのではと考えられる。
選曲の工夫
おっさんずラブは前述の通りコミカルなセリフが多く、話の展開も早い。その展開にリアリティーを生み出しているのは脚本の工夫と俳優の演技、監督の演出であるが、視聴者に場面の切り替えのきっかけを与え、登場人物の感情に没入できるよう促しているのは、劇伴だと言える。特に選曲が本当に素晴らしい。
おっさんずラブでは無音である状態がほぼ見られない。この作品において無音=セリフやモノローグを立たせるものとして存在している。会話を聞かせる(6話食卓シーン)。直前まで曲を流してセリフを立たせる(7話牧とちずの橋の上での会話)。モノローグを聞かせて、心情を理解させる(春田モノローグなど)。逆に場面が変わったり、登場人物の感情が動く部分はほぼずっと劇伴が流れ続け、視聴者は自ずと曲から与えられる印象に促されてストーリーに、登場人物の演技に没入していく。
特に2話の屋上での部長と牧のキャットファイトシーン、セリフと演技の対比が強く出ている部分だが、本編ではケンカの始まりから取っ組み合いまでがHARU TAN TAN で春田の困惑に、取っ組み合いからチャイムまでが 俺のためにケンカするの〜で、ケンカの激しさ、2人の春田への想いの真剣さに寄り添っている。
この劇伴選曲の魅力に改めて気づかされたのは連続ドラマの特典映像であるエディターズカット版を見た時だった。印象的なシーンを繰り返し撮影した中から本編とは別カメラのものを編集したこの映像には劇伴が一切使用されていない。コミカルなセリフの応酬と真面目な演技にかわりはないのになぜか没入できない。前述した2話のキャットファイトシーンが特に顕著で、劇伴がないとセリフのおかしさ、俳優の真面目な演技の強い対比に置いてきぼりを食らってしまうのだ。
ブックレットにて選曲家の岩下さんがコメディシーンにコミカルな曲をつけるのではなく、登場人物の感情に寄り添い、演技を邪魔しないように選曲をおこなったと話されている。またこれに対し貴島さんは岩下さんの選曲には明確は理由があると評している。演技の邪魔をしないという岩下さんのポリシーは私たち視聴者が目まぐるしく変わる展開に着いていく道しるべ、もっと言えば感情や視点の切り替えポイントとして無くてはならないものだった。
違和感がなく曲が切り替わり、登場人物の感情にも視聴者の目線にも寄り添う劇伴と選曲であるが、唯一曲に注目するように使われているものがある。それが春田と牧のテーマ「春」だ。
「春」の使い方
おっさんずラブが好きな人は全員好きだろうと自信をもって言えるこの「春」という曲は主に春田と牧のシーンに使用され、ブックレットでも春田と牧のテーマと明言されている。
「春」という曲は登場人物の感情に寄り添うというよりは、この曲自体を聞かせるために使用されているように感じられる。1話では家を飛び出し、桜並木を走り抜ける春田のバックと牧が春田の家に越してきた後、細かく区切られた春田と牧の日常と映しながら春田のモノローグのバックで使用される。どちらも強く感情が動くわけでも場面が展開するわけでもなく、メインは春田とモノローグ。言うなれば無音でもよかった部分に「春」がながれている。わざと聞かせていると言ってもいいだろう。
現に5〜6話の間には「春」演奏してみた動画がTwitter上で散見された。使用楽器がリコーダーである点からも演奏のしやすがあったと考えられるが、視聴者にとっていかに印象的な曲だったかということがうかがえる。ちなみに他の話数で見てみると4話では朝食を作るあの美しい牧のバックに、5話では春田と牧が出勤風景を映しながら、春田のモノローグのバックで使用されている。いずれも曲に注目してしまう場面だ。春田と牧のシーン以外で使用されるパターンは2つあり、2話の春田の愛ってなんなんでしょうね…のセリフからと3話の春田と蝶子さんの内見中おばあちゃんに道案内する場面で流れる。2話のシーンはブックレットで説明があるが、3話の道案内シーンは牧にとって春田の魅力はこういう部分ですよと示すものであるとわたしは捉えている。7話ではもうお約束かのように春田と牧の日常シーンで使用される。視聴者の中には「春」=春田と牧のしあわせな日常シーンという回路が形成されているのだ。
未収録楽曲と未使用楽曲
前述のとおり、サウンドトラックには未使用楽曲があるが、実は作中に出てきているのにサウンドトラックに未収録の楽曲がある。7話フラッシュモブが始まる瞬間の曲がそれだ。実はこの曲、2016年放送の単発版の冒頭でかかる曲と全く同じものである。
初めて気づいた時は愛の深さに感動してしまった。単発版からLGBTへの配慮という観点での意識の改革があったことは内容から分かるが、それでも「単発版があったからこその連続ドラマ」という制作側の意識を感じることができる選曲だ。逆に未使用楽曲も存在する。ブックレットでは幻の8話で流れたことになっているこの曲、映画でどのように扱われるのか注目したい。
最後に
私が 2018年に一番聞いたCDはおっさんずラブサウンドトラックであった。聞くだけで数々の名シーンが脳内再生されるだけじゃなく、フルで聴いても楽しい楽曲ばかりだ。最近はバラエティで使用されているのを耳にする機会も多く、おさななじみのようなポップで可愛い曲、物件ご案内〜♪のようなかっこいい曲、そのバリエーションに改めて驚かされる。
楽曲の魅力、選曲の工夫でおっさんずラブを彩った劇伴。劇場版ではどのような曲が各シーンにどんな印象を与えるのかとても楽しみだ。
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